マニキュア

いいもの見せてあげる

と祖母はいたずらっ子がするような笑みを浮かべた。自分の娘の顔すら忘れている祖母だが、その表情はかつて私に向けられたものと同じだった。

祖母はよくそう言って、安野光雅のきれいな絵が描かれた絵本や、水彩のクレヨンや旅先で見つけた肌触りの良い猫のハンカチをくれたりした。それは私にわくわくを与えてくれる言葉だった。

そうして祖母は椅子の上でもぞもぞと動き出し、私の方に足を見せてくれた。つま先の空いたスリッパからは瑞々しいさくらんぼのような透き通った赤色の爪が覗いていた。きれいな色やねと私がいうと祖母はいいでしょと得意げな顔をした。母が一緒に塗ったのだそうだ。

また、以前までずっと嫌がっていたデイサービスだが、若い今風の男の子がいると嘘のようにすんなりと行くのだそうだ。いくつになっても女性は女性なのだなと祖母を可愛らしく思った。

上等ねえ、綺麗ね、かわいいわね、よく似合ってるわ、いい色ね

以前から使っていた言葉を発するたびにその頃の祖母を思い出して懐かしくなる。そうした言葉から分かるよう、上品で、料理上手で、話し上手な明るい祖母はポジティブで褒め上手だった。何も覚えていなくたって、言葉遣いにそれまでの生き方が刻まれている。

私もいつか色んなことを忘れてしまうかもしれない。そう思うととても悲しいが、それでもしゃんとして綺麗な言葉遣いをしていたい。

帰り際、また祖母が見てと足元を指差した。いい色ね、綺麗ねと言った。祖母の爪は私のより生き生きとして明るかった。